ONLINE SHOP

森本工房のブランドストーリー Branding History of MORIMOTO KOBO

僕の育った岐阜県は、
養豚業の盛んな場所でした。

精肉業者も多くあり、
ハムやソーセージをよく食べました。
子供心にも、それはそれは
美味しかったのを覚えています。

大学を卒業する頃、
将来の道を考えていたとき、
一本の手作りソーセージと出会います。
あまりの美味しさにその作り手に話すと
「これはまだ本物ではない。
本物はもっと美味しいんだ」と、
あっさり言うではありませんか。

本物ってなんだ?
まだ美味しいソーセージがあるのか?
もしあるのなら、ぜひ食べてみたい!

そこから、本物を求める
僕の長い長い旅が始まりました。

まず僕は、東京で
精肉加工会社に入社し、
そこで一から
ハム、ソーセージ作りを学びました。

厳しく指導してもらって1年ほどたった頃、
僕の本気度を認めて下さった師匠から
「本当に美味しいハム、
ソーセージ作りを極めたいなら
日本にいてはダメだ。
本場のドイツに行って農業して来い。
豚の餌から作り、豚を育て、
本物の豚肉でハム、ソーセージを作れ」
と言われました。

そこで僕は、ドイツ南部にある
“赤ずきんちゃん”の故郷である
かわいい小村Alsfeld(アルスフェルト)の
養豚家、シュミット家に居候しながら
ハム、ソーセージに使われる
豚の飼育を一から
学ぶことになったのです。

シュミット家では、大切に育てた豚を
美味しいハムとソーセージにするために、
どんな手間も惜しみません。
ドイツはハム、ソーセージ作りの超先進国。
切ったり、混ぜたり、詰めたりする
素晴らしく精密な機械があるのに、
シュミット家では全行程を
手作業で行っていました。

「肉の状態を手の感触で確かめながら
作っていくんだ。季節による温度、
年毎の微妙な自然環境の違い、
些細なことで豚の成育は少しずつ変わっていく。
その肉質を自分の手で確認しながら
ベストな状態までもっていく、
素材の一番良い状態を見極めるのが
私たちの仕事なんだ」

これがシュミットさんのもの作りでした。
僕はここで、朝から晩まで畑を耕し、
豚舎の掃除、豚の世話、豚の肉質の見分け方まで、
毎日豚三昧。
豚について徹底的に叩き込まれました。

ドイツへ行って間もない頃、
シュミット家でスペアリブを食べていた時のことです。
家族の誰もが1本のスペアリブを
骨の隅々まできれいに食べていました
(日本で言うとカニを食べているように)

僕は皆のようにうまく食べられず、
肉片を残したままの食べ残しが…
恥ずかしかったのと同時に、
ドイツ人はここまで豚肉を大事に食べるんだと
感動さえしたものです。

古来から豊かとはいえなかった大地で、
人々は豚肉を加工して食べ命を永らえてきました。
豚肉はライフストックとして
大切にされてきた歴史があります。
豚肉を大切にする思いは、
今も生活にしっかり根付いていました。

僕は、ドイツで生活して
豚に対する感謝の思いが
モノ作りのベースだと教えて頂きました。

シュミットさんは、こうして骨についた
ほんの少しの肉も無駄にせず、
丹精を込めて作った
ハム・ソーセージを家々を回って
お客さんに直接手渡ししながら
販売していました。

僕も車に乗せてもらって
配達を手伝った時のことでした。
「楽しみに待っていたよ。
私はこのソーセージが大好きなんだ。
作りたては最高のご馳走だ!」
どの家をまわってもみんな、
シュミットさんが来るのを心待ちにしていました。
僕は配達を終えた帰り道、
嬉しくて涙が出てきました。

そして、「来月はあの人にもっと
美味しいソーセージを届けよう!」
その思いが心の中に湧き上がってきたのです。

ただ作ることに没頭していた僕にとって
価値観が180度変わる出来事でした。

ただ作るだけではだめなんだ。
誰かのために作ることが大切なんだ。

ソーセージ作りを通して、
シュミットさんから
一番大切な部分を教えて頂きました。

そして、僕も地元で
こんなソーセージ屋をやりたい!
そう強く思い、シュミットさんに
教えられたことを胸に、
故郷の揖斐川町に帰ってきました。

健康な餌で育ち、
正しい環境で育てられた豚を使い、
手の感触で肉の具合を確かめ、語り合い、
お客様とのコミュニケーションを大切にする。

これが僕の目指す森本工房の、
ハム・ソーセージ作りです!

Prev

Next

メニュー